【真実の愛】の本当の姿とは

【真実の愛】の本当の姿とは

【真実の愛】の本当の姿とは
まずこのページをご覧いただく前に【真実の愛】は3ページとなっておりますので下記から順にご覧ください。

男女間での【真実の愛】について考えてきましたが、ここでは、それ以外に存在する【真実の愛】について考えていきたいと思います。


管理人紗江は、彼と【愛】について話し合っていたのですが、彼がこんな風に言いました。

いつの時代も、真実の愛を紐解くため・伝えるために、彫刻や絵画などの作品であったり音楽であったり、様々な人が想いを巡らせ解明しようと試みている。
その中に、【真実の愛】について紐解いている人がいるような気がする・・・

そこで、紗江は先日胸の中が充満し、じんわりとあったかい気持ちになった出来事を思い出したんです。
その時は、完全に起こったききさつや感じた本当の自分の気持ちを理解はしていなかったので、そう言われた瞬間、まだ胸の片隅に引っかかっていた何らかの気持ちの欠片がドーっと体中を駆け巡ったんです。

そのいきさつをお話ししたいと思いますよ。

クリエイターの潜在的な【真実の愛】

当サイトでは、イラストを描ける方をずっと探していました。

なかなか気に入るイラストがなかったり、縁がなかったりとサイトを開いてから色々な出来事がありました。

でも先日、直感で「この人しかない!」と思えるイラストをお描きになられる方に出会いました。

その方は長月さんとおっしゃられて、写真から似顔絵もお描きになられる方です。そしておっしゃいました。

私のイラストは、自分の気持ちだけではなく写真の撮影者の心を表現するつもりで描いています。
この写真を絵にしたいと思われる気持ち・愛情がよくわかった気がします。

愛について答えが出そうで出ないという時期でしたが、紗江はここで「愛」について理解できたような気持ちがじんわりと感じられたのです。

長月さんにそれを伝えると、おっしゃられました。

  • 自分の作品を仕上げている過程と、それを見た人の反応が楽しいから描いているだけです。
  • 出来上がった作品に対し、全く執着はないんです。だから紗江さんの求めている答え:【真実の愛】と呼べるものではありませんよ。

皆さんお気づきでしょうか?


自分の作品を仕上げている過程と、それを見た人の反応が楽しいから描いているだけ

そういった自己満足や「楽しむ」という欲があるのは人であるのなら当たり前で、

  • 自分の楽しみよりも人のために描きたかっただけ。
  • 常に誰かのために何かをしたいとだけを願っている。
  • ただ喜んでもらいたかった一心で・・・

などと言う人の方が、本当はエゴを隠しているだけで、ただとめどなく欲深い人です。

繰り返しますが、欲のない人間なんて世の中にたった一人も存在しないのです。


出来上がった作品に対し、全く執着はないんです。

実は、それこそが【真実の愛】です。

ここでは誰に対するものでもなく、クリエイターとして本当の意味での【真実の愛】に気がついていらっしゃるという事であって、紗江の彼が「【真実の愛】について紐解いている人がいるような気がする」と言った、まさにその人だったんです。

長月さん自身はその事に気がついておられませんでしたが、意識的ではなく、潜在的に【真実の愛】というものをお感じになられているんですね。

うまく描こう・評価してもらおうと思っている時点では、潜在的な愛ではなく、ただの承認欲求なんです。

【愛】は【誰かが誰かに向けて存在するもの】ではなく自分自身だけに存在しているものだという事が、このクリエイターである長月さんを通すと、より理解できるのではないでしょうか。


紗江が、長月さんに出逢えたのはこういった事を教えて下さるためだったんだと確信しました。

親と子の【真実の愛】

男女間では、性的な事や嫉妬などが絡み合い複雑化してしまいますが、【真実の愛】が純粋に表れるのは人対人の中で、親子関係がより鮮明なものだと感じます。

  • 見返りを求めず、親が子に対し愛を注ぐこと。
  • 「可愛い子には旅をさせよ」ということわざがあるように、自分の我を抑える事のできる程の愛。
  • ただ、子供の幸せを願い・祈る事に精一杯になれる。


見返りを求めない

世の中色々な人がいるので一概には言えませんが、親が子に対して何かを与える時には、それに対する礼などの見返りは求めていません。利害関係など微塵もない。
仮に「ありがとうは?」という言葉を投げかけたとしても、教育の一環として「しっかりとした大人になって欲しい。」という真実の願いが込められているものです。

自己愛・我の抑制

子どもが自分の手から離れて出掛けるのは心配だ。
という気持ちの裏側には、何か万が一の事があると自分は必ず後悔するだろう・自分は悲しい想いをするのは嫌だ という自己愛が隠されています。
その自分の我を抑える事こそ【真実の愛】と言えるものです。


紗江のかなり年上の知人の娘さんが、通訳のお仕事をされていました。

そして、オーストラリア人と結婚し現地で生活するとの報告があったそうです。
飛行機で8時間もかかる場所へ行きたいという娘・・・
会える機会なんてなかなかないものです。
それでも、娘の幸せを願い、結婚を承諾し送り出したのですが、その時の寂しさは想像もつきません。

今では、年に2回、青い瞳の孫を連れて帰ってくるので、不思議な気持ちも入り混じってはいるけれど、とても幸せだとおっしゃられていました。

自分を満たす事ではなく、遠く離れていても子どもがそれを望みそれで幸せになれるのなら、そうなる事こそが「自分の一番の幸せになる」と思える事が【真実の愛】なのです。

信じる心

そして、どんな問題が生じようとも、我が子を信じる心は親であれば誰でも持っているものですよね。

親子間に細かな説明は不要なんです。
何の説明がなくとも、信じられる・ゆるぎない信頼関係にあるのが血の繋がりというものです。

【真実の愛】の真髄とは・・・

  1. 男女間の愛
  2. 親子間の愛
  3. クリエイターの潜在的に感じ取っている愛

これら全てを総合的に考えて、【真実の愛】の真髄として出た当サイトの答えは7つありました。

次のページで、この7つについてご説明していきたいと思います。