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同窓会の夜、十年ぶりに再会した元恋人と、雨宿りに立ち寄ったホテルで――。夫との夜は「済ませる」だけになり、眠っていた人妻の体が、かつての男の手で残らずひらかれていく。専属小説家・北村沙織が描く、再会不倫の官能小説です。ひとりの夜のお供に、どうぞ。
夫の寝息が、規則正しく暗い部屋を撫でていた。私はその隣で、天井のぼんやりした影を見上げていた。さっき済ませたばかりの体は、肌にわずかな汗を残しているだけで、奥のほうはずっと冷たいままだった。
夫は優しい。今夜も「そろそろ、するか」と聞いて、いつもの順番で私に触れた。胸をさわり、腰を抱き、静かに入ってくる。痛くもない、急ぎもしない、用事を片づけるような手つき。終わり方までがやさしくて、だから私は何も言えなかった。不満なんて、口にする資格もない気がした。夫は何も悪くない。ただ、夜の私だけが、誰のものでもない場所に置き去りにされているだけだ。
結婚して三年。私はもう長いこと、自分の体が濡れるということを忘れていた。義務のように交わされる夜と、静かにすれ違っていく朝。それを幸せと呼ぶのだと、言い聞かせて暮らしていた。忘れていられるうちは、きっとそれでよかったのだ。
――思い出さなければ。
同窓会の帰り道だった。
駅までの十分を、どうしてこの人と二人きりで歩いているのだろう。理由なんて、本当はわかっている。わかっていて、私は「途中まで一緒に帰らない?」という声を、断らなかった。
隣を歩く志島くんは、十年前より少しだけ痩せて、少しだけ大人になっていた。大学の頃、私が初めて心から好きになった人。初めて肌を重ねた人。そして、私がいちばんひどい別れ方をした人。落ち着いた低い声も、歩くときにわずかに私へ傾ぐ肩も、あの頃のままだった。
「結婚したんだってね」
信号待ちで、彼が前を向いたまま言った。左手の薬指を、私は無意識に右手で隠していた。
「うん。……三年前に」
「幸せ?」
その問いに、すぐ「うん」と言えなかった自分が、いちばんの裏切りだった。
「沙織は、昔から嘘が下手だったよね」
彼が笑った。その笑い方が十年前とまったく同じで、私の奥のほうが、ずくりと疼いた。ずっと錆びついていたはずの場所が、たった一言で目を覚ましてしまう。体というのは、どうしてこんなに正直なのだろう。
雨が降り始めた。彼が差し出した傘の中に、私は当たり前のように入った。肩が触れる。濡れたブラウスの布越しに、彼の腕の熱が伝わってくる。ただそれだけのことで、私の呼吸は浅くなっていた。
「……少しだけ、雨宿りしていかない?」
そう言ったのが自分の声だと気づくのに、一拍かかった。彼は何も言わず、ただ私を見た。その目が、答えのすべてだった。引き返す気なんて、傘に入った瞬間から、もうなかった。
ホテルの部屋のドアが閉まる音が、雨音を一瞬だけ遠ざける。濡れたコートの裾から滴が落ちて、薄いカーペットに小さな染みをつくった。天井の間接照明は橙がかっていて、同窓会の宴会場よりずっと低い位置で光っている。志島くんが背後で施錠する感触が、背中に伝わる。もう、引き返せない。その事実が、鼓動のように喉の奥で鳴った。
「沙織」
名前を呼ばれて振り向くと、十年ぶりなのに間合いがおかしいほど近い。雨に濡れた髪が額に張りついている。彼の目は、落ちついた大人の男の色をしているのに、その奥で何かが熱く揺れていた。私は結婚して三年になる身で、今夜、夫以外の男と同じ部屋にいる。それだけで脚の内側が、もう正直に熱を持ちはじめていた。
最初の口づけは、探るようで、逃がさない強さがあった。唇が触れた瞬間、十年前の記憶が皮膚の裏側からせり上がってくる。私がひどい別れ方をした相手。それでも彼の口は、責め立てるでもなく、ただ正確に、私の呼吸の間を埋めてくる。舌がすべり込んできたとき、小さく喘いでしまった。夫のキスは、いつも通過点だ。夜を済ませるための前置き。でも志島くんの舌は、私の口の形を思い出そうとするように、ゆっくりと、奥まで触れてくる。
「……ん」
声が漏れる。彼の手が腰に回され、濡れたブラウスの上から背中を撫でた。生地が肌に張りついていて、指の熱がすぐ伝わる。夫の手は、決まった順序で服をずらす。効率よく、淡々と。志島くんの指は違う。ボタンのひとつひとつを外すたびに、その下の皮膚の温度を確かめるみたいに、わずかに立ち止まって、また進む。読むように。私の体を、ページをめくるみたいに。
ブラウスが肩から落ち、ブラの肩紐が白く浮かぶ。視線が落ちるのがわかって、羞恥が胸の下で拡がった。もう、あの頃の体じゃない。二十代の終わりに彼が見ていたころより、少し丸みが増えて、産んだわけでもないのに柔らかい場所が増えている。なのに彼は、指先で鎖骨のくぼみをなぞって、小さく吐息をついた。
「変わってないね、ここ」
低い声だった。鎖骨から、胸の谷間へ指がすべる。ブラのカップの縁をゆっくりめくられて、乳房がこぼれ出る。冷えた空気に触れて乳首がすぐに硬くなった。恥ずかしいのに、硬くなる。体が先に応えてしまう。
「……見ないで」
「見てる。昔から、ここ触るとすぐにそうなるの、覚えてる」
指の腹で乳首を円を描くように擦られる。軽いのに、腰の奥がきゅっと寄った。十年前と同じ触れ方。彼は本当に覚えている。私の体の癖を、別れのあともしまっておいたみたいに。口が降りてきて、右の乳首を唇でふくむ。温かい。舌先が先端を転がし、軽く吸われる。左は指で、つまむように、ときどき強く、ときどき優しく。交互に刺激されて、私の背中が自然に反った。
「あっ……志島くん、それ……」
「痛くない。沙織のここ、こういう風が好きだったろ」
嫌だと言う前に、甘い声が出る。夫は胸を揉むことはあっても、吸うことをあまりしない。時間がない、と言うように次へ進む。でも今、私の乳首は彼の口の中で小さく腫れ、拍動に合わせて疼いている。左側を吸われ、右側を指で締められるたびに、下腹部が熱く脈打った。ブラウスはもう床にあり、スカートのファスナに手がかかる。ずる、と音がして生地が腰を滑り落ちる。ストッキングの上からでも、太ももの内側が湿っているのが自分でわかった。
彼は一度顔を上げて、私の目を見た。
「ドキドキしてる」
「……当たり前です」
「人妻なのに、こんなに」
その言葉が刃みたいに甘く刺さって、同時に股間がきつく熱を持つ。背徳だ。夫のいる家に帰るはずの体を、十年前の男の前で晒している。なのに否定できない。否定したら、今この脚の震えが全部嘘になる。
ベッドの縁に腰を下ろされ、彼は私の前に膝をついた。ストッキングを履いたままの脚を開かれて、内側に口づけされる。膝の裏、太ももの柔らかい肉。徐々に上がってくる唇の感触に、手がシーツを掴む。ショーツの上から鼻先が当たったとき、息が止まった。
「匂う。……沙織の、変わってない」
「やめて……そんなこと」
言っても、腰が逃げない。指がショーツのクロッチを横にずらす。空気が触れただけで、みちっと音がした気がして耳まで熱くなる。彼は一度、何も言わずに顔を近づけ、舌を扁平に使って裂の上をゆっくり舐め上げた。熱い。夫はほとんど口をつけない。済ませるための手順に含まれていないから。なのに今、元恋人の舌が、夫のいる私のそこを丁寧に、懐かしむみたいに味わっている。
「ひぁ……っ」
舌先が陰核を捉えて、小さく円を描く。片側へ寄せて、裏側をゆっくり押し上げるように舐められる。腰が勝手に浮いた。両手で彼の髪を掴みそうになって、途中でシーツに戻す。声を殺さなきゃ、と思っても、喉の奥から甘いものが溢れる。
「ん……んあっ、だめ、そこ……」
「だめ、なのに濡れてる。ここ、もうとろとろだ」
指で左右を開き、剥き出しになった核を唇で軽く吸う。蜜が糸を引いて顎に伝うのがわかる。恥ずかしい。見られている。舐められている。十年ぶりに、夫以外の男に、こんなところを。その認識がくるたびに、内側から熱い液が湧いて、彼の舌の上に落ちる。彼は嫌がらずにそれをすくい、入口のほうまで舌を滑らせて、浅く尖らせて入れてくる。
「あ……中、舌が……」
「緩くなってる。沙織、感じてるのが手に取るようにわかる」
丁寧で、執拗で、逃げ場がない。核を吸われ、入口を舌でほじるように刺激され、時おり太もものつけ根に歯を立てられそうになる寸前で唇に変わる。焦らされている。イきそうになると、意図的にリズムを落として、外側だけをゆっくり舐め直す。腰が彼の顔にすり寄ってしまう。私から欲しがっている。夫のいる私が、元恋人の口を、自分から求めている。
「お願い……もう少し、だけ……」
「どうしてほしい」
「……舐めて。さっきみたいに、強く」
自分の口から出た言葉に羞恥で目を閉じる。彼は低く笑って、今度は核を舌で弾くように、連続して刺激した。甘い音が部屋に響く。くちゅ、くちゅ、と。みっともないほど濡れていて、その音がまた私を昂ぶらせる。腿が震え、お腹の奥が収縮する。もう少しで、いける——その直前で、また舌が離れた。
「あっ、やだ、今……」
「まだ。指でも感じる体か、確認させて」
中指がぬるりと入口を押し開く。一本で、ゆっくりと根元まで。夫の指は、すぐ横に動かして刺激を足そうとする。急いで濡らして、挿入するための準備。志島くんの指は違う。中に入れてから、内側の壁を上方向へ、くい、と当てて止める。探るように小さく動かす。そこに当たった瞬間、腰が跳ねた。
「……んぐっ」
「ここだ。覚えてるよ、沙織が一番声出す場所」
指がそこを執拗に擦る。もう一本足されて、二本で内側を拡げられながら、親指が外の核を円く撫でる。中と外を同時に。呼吸が浅くなる。頭の中で、夫の寝顔が一瞬よぎって、その瞬間に背徳が燃え上がり、指の動きに合わせて蜜が溢れた。
「すごい……指だけでこんなに」
「やめて、言わないで……あ、そこ、だめ、だめなのに」
「だめ、って言いながら締まるんだな。正直だよ、沙織のここ」
腰が勝手に動く。彼の指に自分から擦りつけにいく。お願い、もっと、奥、という言葉が喉まで来て、恥ずかしいから噛み殺すと、代わりに泣きそうな吐息だけが落ちる。三本目が加わったとき、拡がる感覚と圧に目の前がぼやけた。抜き差しのたびに、ぐちゅ、と卑猥な音が立つ。焦らされて、再び核を指で弾かれて、イきそうな波が来る——また、止まる。
「入れたい」
自分から言っていた。目が開いたまま、彼の顔を見ている。余裕のある大人の表情の下で、彼の呼吸も乱れていた。シャツの襟元が汗で少し染まっている。私も、あなたのせいで、と目が言っているみたいだった。
「沙織から言ってくれ」
「入れて……志島くんのを、中に。……十年ぶりに、欲しい」
言葉にした瞬間、涙がひと筋だけ出た。情でも悔しさでもない。体が長いあいだ眠っていたことを、自分が認めてしまった熱さだった。彼は立ち上がり、自分の服を急いで脱いでいく。余裕が剥がれ始めている。ベルトの音、ズボンが落ちる音。立ち上がった男のものが、もう硬く先端を光らせていて、それを見ただけで奥がきゅっと狭くなる。
ベッドに仰向けにされ、脚を開かれる。彼が覆い被さり、先端がぬるりと入口に当たる。一度、上下に擦つけて濡らしてから、腰を押し入れてきた。
「……ぁ、あ……っ」
入ってくる。少しずつ、壁を押し拡げながら。夫との夜は、ある程度濡れていれば一気に中まで来る。浅い痛みと、すぐ始まる抽送。済ませるための侵入。でも今は違う。志島くんは一度奥まで沈めてから、動かずに、私の中の形を確かめるみたいに止まっている。太い。熱い。奥まで、びっちりと満たされて、隙間がない。
「中、熱い……沙織、締まる」
「入ってる……全部、入ってる……」
「十年前より、締めつけてくる。人妻のからだ、こうなってるのか」
その言葉が耳の奥で弾けて、子宮のあたりが疼いた。腰を引かれ、また深く突かれる。ぬちゅ、という音。ゆっくりした抽送が、徐々にペースを上げる。角度を変えるたびに、さっき指で確認した場所を先端がこする。当てられるたびに、声が裏返る。
「あっ、あっ、そこ……そこばかり……」
「わかってる。沙織の弱いとこ、体が覚えてるんだろ。俺のことも」
「覚えてる……体が、勝手に……」
互いに汗ばんで、胸と胸がくっつく。彼の心臓が速い。落ち着いた大人の顔が、欲望で少し歪んでいる。余裕が剥がれて、生の欲が出てきている。それがたまらなくいい。私だけが崩れているんじゃない。彼も、十年分を今にぶつけてきている。腰の動きが少し乱暴になって、ベッドが小さく鳴る。奥を突かれるたびに、鼻先から甘い声が飛び出す。
「もっと聞かせて」
「やだ、声、出ちゃう……隣に……」
「いい。沙織の声、聞きたい。夫さんの前じゃ出せない声を、俺に」
駄目だ、と思うほどに濡れる。背徳が燃料になって、結合部で白く泡立つ。脚が彼の腰に自然に絡み、踵で背中を叩くように促してしまう。もっと、奥。もっと、深く。彼は応えて、一度ほぼ抜けかけたところから、ずぶりと根元まで沈めた。腹の底まで届く圧。息が止まる。
「は……んぁあっ」
「イきそうな顔してる。まだだ。一緒に高くしよう」
抽送が深いまま速くなる。核が彼の恥骨に擦れて、中と外が同時に潰される。波が来る。一度目の大きなうねり。腰が勝手に跳ね、内壁が痙攣するように締める。声を噛んでも、喉が鳴る。彼は速度を落とさず、その締まりの中を突き続ける。イきかけの敏感な場所を、容赦なく擦る。
「だめ、イっちゃう、また……あっ、あ」
「いいよ。沙織、俺の中でイけ」
スパイクみたいに、制御が外れる。腰が勝手に浮いて、彼のものにむかって突き上げ、自分から奥へ咥え込む。視界の端が明滅して、脚の指が丸まる。声が長く引き攣れて、次の瞬間、溢れるように甘い叫びが落ちた。中が脈打って、蜜が結合部からあふれる感触。なのに彼はまだ動かしている。余韻のさなかを突かれて、一度目の波の上に二度目が重なる。
「や、待って、いま、敏——ひぁっ」
「まだあるだろ。十年分、眠ってたんだから」
肩を押さえられ、深く入れられたまま、短いピストンを繰り返される。イった直後の締めつけの中をこじ開ける感触。涙が出る。気持ちいいのと、壊れるみたいなのと、夫を裏切っている実感とが、渾然となって腹の底で爆ぜる。彼の額に汗が伝い、呼吸が荒い。もう丁寧な言葉より、低い呻きのほうが勝っている。
「沙織……締まる、ヤバい……」
「中で、きて……きていい……」
「言ってくれ。どこに欲しい」
「中……奥に、出して」
禁忌だとわかっている。なのに欲しい。夫のいる私の奥に、元恋人の熱を注いでほしい。彼の腰が乱暴に数回うねり、根元まで埋めたところで体が硬直する。熱いものが、脈を打って中に広がる感触。それを合図のように、三度目の波が私を襲った。今度は前より強く、長く。腰がガクガクと震え、手が彼の背中を掻き、声が途切れ途切れに落ちる。とろける、というより、芯から溶けてベッドに染み込んでいくような危うさ。脚の力が抜けて、彼の腰から滑り落ちそうになるのを、腕で支えられる。
吐息だけが、しばらく部屋に重なる。雨音が遠雷のように戻ってくる。彼のものが、まだ中で小さく脈打っている。抜かないまま、額を私の肩に預けて、重い呼吸を漏らす姿は、もう同窓会で会った落ち着いた男だけではなかった。十年前の、肌を重ねていたころの熱が、大人の輪郭の下から覗いている。
私の内側は、彼の精と自分の蜜でぐしょぐしょに濡れ、少し触れただけでまた震えそうなほど敏感だった。天井の灯りが滲んで見える。この体が、こんなにも長く、こんなにも正直に、男を受け入れてイっていたこと自体が、信じられないみたいに遠い。なのに肌は熱く、彼の指が頬を撫でた感触に、また小さく締まる。
事が終わって、彼の腕の中で息を整えながら、私は天井を見ていた。罪悪感が来るのだと思っていた。でも、来なかった。代わりに来たのは、途方もない切なさだった。
私は、自分がまだこんなふうに濡れる女だったことを、思い出してしまった。忘れたふりで蓋をしていたものを、彼の手が全部こじ開けてしまった。もう二度と、あの静かな夜に、何も感じないふりで戻れる気がしない。それがいちばん、怖かった。
「……これっきりに、しようね」
私が言うと、彼は少し笑って、私の汗ばんだ髪を撫でた。肯定も否定もしない、その優しさが、いちばん残酷だった。
窓の外で、雨はまだ降っていた。私は薬指の指輪を、そっと右手で包んだ。さっきまで隠していたのと同じ手で。今度は、隠すためではなく――確かめるように。
指輪は、まだ、冷たいままだった。
(了)
十年前の恋人は、私の体をまだ覚えていました。夫が「済ませる」手なら、彼は「読む」手。忘れたふりで蓋をしていた欲望が、たった一夜で残らず暴かれてしまう――そんな女の弱さと甘さを、逃げずに書きました。感想やリクエストは体験談ページの投稿フォームからどうぞ。
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