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吸われて、知った|誰の許可もいらない夜の、ひとりの贅沢【官能小説】

夜のベッドに腰かけ、ナイトテーブルに開いた箱と充電ケーブルを見つめる女性。ひとりで使う道具を買った夜の話

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目次

吸われて、知った

三十六歳の独身が、水曜日の夜に靴を片方だけ脱ぎ捨てる。玄関のセンサーが点いて、すぐ消える。バッグを床に置いたまま、スーツのまま湯を出して、四十一度まで待った。肩まで沈めると、午後の会議がやっと後ろへ下がる。湯気で鏡が白くなって、自分の顔が見えなくなるのが今夜はちょうどよかった。

湯船の縁に肘を乗せて、目を閉じる。指で自分を満たす夜は、ここ十年、同じ軌道だった。右の中指の腹。決まった速さ。決まった深さ。届く範囲を知っているから、そこで終わらせていた。今夜はそれも面倒で、湯から上がってもベッドへ直行するつもりでいた。

脱衣所のカゴにスカートを放り、タオルで髪を押さえる。寝室の灯りはベッド脇の一つだけ。その足元に、日中届いていた箱がまだ封のままある。昼休みに注文したことを、湯の中では忘れていた。忘れていたくせに、箱の角が視界の端にある。

充電が終わるまで

封を切ると、化粧箱が出てきた。説明書を膝に広げて、図の位置を指でなぞる。丸い口。小さな穴。充電の差し込み。商品名は箱にも書いてあるのに、声に出さない。吸うやつ、とだけ思って、本体を掌に乗せる。思ったより軽い。シリコンの肌触りは、湯上がりの自分の腕に似ていた。

ケーブルを繋ぐと、端に赤いランプが点く。満タンまで四十分、と書いてある。その四十分が、妙に長かった。メールを開いて閉じる。冷蔵庫を開けて、何も取らずに閉める。窓の外は隣のマンションの廊下灯だけ。誰も来ない夜だと分かっているのに、カーテンを一度引き直した。

ランプが緑に変わるまで、箱を開いた気恥ずかしさが部屋に残っていた。買った理由ははっきりしている。手がいつも同じところしか撫でなかったから。それ以上を、今夜に限って試したかった。理由は短い。短いのに、充電待ちのあいだだけ長く感じる。

緑になった。コンセントを抜く。本体は掌の温度より少し低い。タオルを一枚、ベッドに敷く。枕を二つ重ねて、背中を起こし気味にする。部屋の灯りを落とすと、窓の外の廊下灯が薄い四角になって残った。誰の許可もいらない、とその四角を見ながら思う。言う相手がいない文だった。

手と、まったく違う

スイッチは一段目。低い唸りが掌に来る。太腿の内側に一度当てて、熱も振動も確かめてから、脚を開いた。濡れてはいた。湯のせいだと思っていたのに、当てる前から腿の奥がすでに準備を終わらせていた。

丸い口を、いつもの場所へ下ろす。吸いついた。

え、と声が先に出た。指の腹で擦っていた面が、今度は内側から引かれる。撫でる、ではなく、含まれる。手では再現できない方向だった。腰が勝手に前へ出る。自分で当てているのに、当てられている側の感覚が勝つ。一段目のまま、呼吸を数えようとして、数えられずに終わった。

離す。口の跡が熱い。腿を閉じかけた脚が、閉じきらない。もう一度当てる前に、自分の指で触ってみる。腫れて、ぬめっている。蜜が指の腹に糸を引いた。いつもより多い。吸うやつを見る。丸い口の縁が、私の熱を持って光っている。

二段目にする。当てた瞬間、喉の奥が鳴った。低い。自分の声だとは、最初は思わなかった。手のときと違うのは強さだけではない。強さの形だった。指は点を擦る。これは面を真空にする。逃げ場がない。逃げ場がないのが、怖くて、欲しくて、両方だった。

加減が、自分から滑る

波が来るのが分かったところで、わざと外した。太腿が空を切る。濡れた音が、静かな部屋に一つ落ちる。まだ、と口が動いた。誰に言っているのでもない。本体を握ったまま、自分の膝を見る。膝が内側へ寄ろうとして、寄れない。

十数えてから、また当てる。今度は少しずらして、いちばん鋭い芯を外した位置。外しているつもりが、外しきれていない。吸いが芯を探して、私より先に見つける。腰が追う。追っている自分が分かる。分かるのに止めない。中へ指を挿れた。人差し指と中指。奥が熱くて、吸われるたびに内側が締まる。道具が外を、指が中を、同じ拍で奪う。

とろけてくる、という言い方は嫌いだった。今夜は正確だった。芯が溶けて、その溶けが腿の付け根まで降りてくる。濡れる、の先へ行っている。シーツに敷いたタオルが、もう冷たくない。外した拍子に、蜜が太腿を伝った。自分の体なのに、量に驚く。こんなに出る場所が、私にあったのか。

三段目。指先が滑って、スイッチを上げてしまった。上げるつもりはなかった。上がった瞬間、制御が手から落ちる。離そうとした腕が遅れる。口が吸ったまま私を固定する。腰が逃げても、丸い口がついてくる。自分が持っている道具なのに、持たれている。

イく、が来る。いつもの形ではない。いつものは、途中で折り畳んで、小さく収めて、終わりを自分で決めていた。今夜は決められない。喉の奥から声が低く漏れる。あ、とも、ん、とも言わない。空気が声の形をして出ていくだけ。背中が床から薄く離れる。肩甲骨のあいだが空になる。息を吸ったまま、止まった。

波が、一回では終わらない。終わったと思った芯が、吸いの拍でまた持ち上がる。指は中で止まったまま、奥が勝手に絞る。足の指が開く。閉じる力より、開く力のほうが勝っている。鎖骨の下が熱い。触ると、自分の脈が皮膚のすぐ下にいる。

離す。離しても波が残る。残る、ではなく、追いかけてくる。本体を脇に転がして、掌で押さえても、押さえた掌がもう一つの刺激になる。声がまた低く漏れる。二度目は、一度目より短くて濃い。自分の体に驚いている暇があるのに、驚き方が追いつかない。手が届かなかったのは場所ではなかった。届かせ方を、知らなかった。

まだ欲しい、と聞こえる声で言った。部屋に自分しかいない。吸うやつを拾い、一段落として、芯の少し上へ当てる。焦らしているつもりが、腰が先に寄る。お願い、という言葉が口に乗った。乗せてから、恥ずかしいより先に、楽になった。誰にも気を使わない。加減の失敗も、声も、タオルの濡れも、全部が自分の夜の内側にある。

またイく。今度は、一息で来る。予告の丁寧さがない。吸われた芯が、いきなり外側の計算を捨てる。指を奥まで挿れたまま、蜜が掌を伝う。とろける、を今夜は三度目に使う資格があると思った。資格、などと頭が言っている横で、体は資格を求めていない。ただ開いて、吸われて、中を締めている。

三段目のまま少し長く当てすぎた。快感が鋭さに変わる手前で外す。外した穴の形が、まだそこにある気がする。胸が上下する。肩が、遅れて落ちる。落ちた肩の楽さが、仕事の疲れとは別物だった。

洗う手は、誰のためでもない

ぬるま湯を出して、丸い口の内側を指で洗う。白く濁った湯が、一瞬だけ渦を巻いて消える。シリコンはすぐ元の肌色に戻る。私のほうは、まだ腿の内側が熱い。下着を穿く気がせず、部屋着のまま、本体を布で拭いた。

ケーブルを巻いて、箱に戻さない。引き出しの奥、冬の靴下の横へ寝かせる。説明書は折って、本体の下へ滑らせた。箱は明日、普通の紙として出す。中身の話は、出さない。

ベッドに戻ると、敷いたタオルが冷えていた。取り替えて、灯りを消す。窓の廊下灯が、また薄い四角になる。来週の金曜も、予定を入れないでおこうと思う。誰かのためを空ける枠ではない。一人で、吸われて、手が知らなかった拍を繰り返す夜を、もう一回欲しい。

独占、という言葉は大きい。実際はもっと狭い。誰にも言わない、それだけだ。届いた場所の形も、低く漏れた声も、止まらなかった波も、三十六歳の独身の、今夜の内側で足りている。湯気の残る髪を枕に預けて、目を閉じる。充電のランプはもう見えない。緑だったことだけが、掌の記憶に残っていた。

夜のベッドに腰かけ、ナイトテーブルに開いた箱と充電ケーブルを見つめる女性。ひとりで使う道具を買った夜の話

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この記事を書いた人

北村沙織のアバター 北村沙織 ライター(官能小説・性のコラム)

2017年から「きもイク」で書いている。担当は女性向けの官能小説と、性にまつわる素朴な疑問を扱うコラム。

最初に書いたのは、男の見方についてだった。セックスが上手い男には何が共通しているのか、なぜ足や尻に惹かれるのか。やがて関心は声へ移り、喘ぎ声をめぐる記事を20本以上書いた。大きい声は感じている証拠なのか、無言でイくのはおかしいことなのか、喘ぎ声に方言はあるのか。読者が口に出しにくい疑問を、そのまま見出しにしてきた。

2019年からは官能小説に軸足を置いている。『もしも許されるのなら』全4話、『女性用風俗の極上の悦びに堕ちていく人妻』全7話をはじめ、連載を複数。読み終えたあとに、自分の身体のことを少し考えたくなる話を書く。

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