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二度目の指名|委ねた私が、求める側になった夜【官能小説】

ホテルの部屋でバスローブを着て目を閉じる女性と、その肩に手を置いて見下ろす白いシャツの男性。女性用風俗の二度目の指名の話

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目次

体が覚えている

夫の寝息が、背中に当たっていた。結婚六年目、三十七歳の私は、目を閉じたまま、腿の内側がひとりでに熱を持っているのを確かめていた。十日と少し前の部屋の温度が、布団の中に残っている。他人の指の長さを、体がまだ測っている。

夫には、していない。していない、というより、できなかった。隣の肩は近くて、同時に、寸法が違う。私の中で余白がひとつ開いたままになっていて、そこにだけ、あの男の手が入る形だった。瀬川。三十三歳。低く落ち着いた声。清潔な袖口。指名した相手の名を、夜中に舌の裏で転がすのは、妻のすることではないと知りながら、私は転がしていた。

膝を揃えても、濡れは隠れない。シーツに染みそうなほどではない。それでも、呼吸を浅くするたびに、内側がひくひくと前の感触を再生する。委ねた夜の私は、よく眠れた。いまは、眠る前に目が冴える。体が正直すぎて、夫の寝息が遠のく。

トイレに立って、水を出した。鏡の中の三十七歳は、昼間と同じ顔をしている。鎖骨の下だけが、なぜか薄い赤みを残しているように見えて、私は照明を消した。残っているのは色ではない。触られた記憶が、皮膚の下でまだ温かい。

戻ると、夫が寝返りを打って、腕を私の腹へ投げていた。重みは馴染みのものだ。馴染みのものが、いまは届かない場所を教えてくる。私は腕の下で息を整えて、腿を閉じた。閉じても、濡れは消えない。消えないことを、十日かけて、毎晩確認している。

朝、コーヒーを淹れながら、夫が週末の予定を話す。私は頷いて、マグカップの縁を指でなぞった。指の腹に、別の温度が残っている。瀬川の手が大きかったこと、関節の曲がる位置、ゆっくりだったこと。夫の声がキッチンに満ちていても、私の内側は別の部屋の照明のままだった。

浴室で下着を替えても、布の中央が暗い。夫のシャツを畳みながら、私は瀬川の声の低さを思い出していた。思い出している、というより、体が先に反応する。膝が内側で熱を持ち、余白がまた開く。三十七歳の日常は、何も壊れていない。壊れていないのに、夜だけが、他人の手の寸法を覚えてしまっている。

希望の欄

予約の画面は、前回より短く見えた。店の名前は、画面の上で記号のように小さく、私はそれを読まない。読むのは、指名の欄と、希望を書く白い枠だけだ。一度目、私はそこを空のまま送った。余白を残すことが、当時の精一杯だった。

二度目の指は、枠の中に入った。文字にする恥ずかしさは、裸になる恥ずかしさより先に来る。ゆっくり触れてほしい、と打つ。次の行で手が止まる。入れてほしい、と書く直前に消した。中まで、と書いて、また消した。三十七歳の女が、昼間の店の隅で、脚を組んだまま画面を見つめている。誰も見ていない。見ていないのに、耳の奥が熱い。

カーソルが点滅する。余白は、埋めなければ進まない。進むと、自分の欲しがり方が文字になって残る。残るのが怖くて、残さないのが、もっと怖かった。一度目は委ねた。委ねた私が、いまは書く側に座っている。脚を組み直すと、下着の布が内側に貼りついて、すでに準備が始まっているのを知らせた。

最終的に残した文は短かった。前回と同じ方で。今度は、途中で止めないでほしい——。送信の前に、確認欄へ年齢が出た。三十七歳。既婚。それだけの私が、他人の手を指名する。ボタンを押したあとの指先が、わずかに震えていた。

返信は夕方に来た。指名、確定。瀬川、三十三歳。低い声を思い出すだけで、腿の付け根が重くなる。私はメールをフォルダの奥へ移して、夕飯の買い物リストを開いた。玉ねぎ、鶏、牛乳。日常の文字の隣に、あの白い枠の感触が残っている。帰宅して包丁を握っても、希望欄に置いた文章が、指の関節のどこかに残っていた。

前日の夜、夫が隣でニュースを見ているあいだ、私はカレンダーを開いた。予約の時刻だけが、日付の余白に坐っている。書く側になった自分が、いまは待つ側に戻っている。待つことは、一度目より長かった。体が、すでに部屋の温度を先取りしている。

いい顔

更衣室の鍵は、一度目と同じ重さだった。服を畳む手が、前回より早い。慣れた余裕は、ここから乗ってくる。鏡に映る三十七歳は、口紅を薄く直して、何でもない顔を作った。作った顔の下で、下着はすでに熱を含んでいる。前室へ出るとき、私は自分の歩き方を整えた。整えたまま、ドアを開ける。

廊下の照明は、記憶どおりだった。ドアの位置も、前室の匂いも。一度通った道は、二度目に短くなる。部屋に入ったとき、瀬川は立ったまま私を見た。三十三歳の男の目は、プロの距離を保ったまま、それでも前回より深く止まっていた。

「前回より、いい顔してますね」

低い声だった。責めではなく、読まれた感じがした。私は靴を脱いで、指定の位置に座る。タオルの下の肌は、もう準備ができている。彼は手を洗って、契約の確認を淡々と済ませる。同意の言葉を、私は自分から先に言った。大丈夫です、と。今日は、お任せだけにはしません、とも。

瀬川の眉が、ごく薄く動いた。「希望、書いてありました。途中で止めないで、と。口でも言えますか」

余白を、相手が返してきた。私は視線を彼の鎖骨のあたりに落とす。指は、記憶より長かった。「……触れてほしい。ゆっくりでいい。そのあと、入れてほしい」声が、思ったより小さかった。瀬川は「はい」とだけ言って、近づいた。手が大きい。掌が太腿に乗った瞬間、余裕は肩から滑り落ちかけた。私はそれを、まだ拾い直した。

タオルを開く動作も、一度目より短い。彼の視線は胸ではなく、私の口元に落ちていた。言葉を待つ目だった。「自分の言葉で言える人は、少ないですよ」親指が、タオルの縁を内側へずらす。「三十七歳の顔が、いま、きれいです。隠さなくていい」

私は息を吸って、注文を足した。「今日は、焦らされても、最後までしてほしい。途中で、客の顔に戻さないで」言ってから、耳が熱い。瀬川は短く頷いて、掌を腿の内側へ滑らせた。濡れていることは、触れる前からわかっていたはずなのに、彼の指がそれを確かめた瞬間、私の喉が先に鳴った。

「余裕、ありますね。二度目の客の顔です」彼の声は低く、落ち着いている。「その顔のまま、崩れるところまで、付き合います」

自分の言葉で

キスはしない、と一度目に決めたはずだった。彼の口は耳の後ろにだけ落ちて、吐息で産毛が動く。指は腿の内側を撫で、すでに濡れていることを隠さなかった。私はタオルの端を握る。声は出さないつもりで、喉の奥が先に鳴った。瀬川は急がない。焦らしが、希望欄の文をわざと遅らせているように感じた。

「こんなに濡れて。書いてあった以上ですね」私の腰が、勝手に彼の手へ寄る。入れない。指は入口をなぞるだけで、中へは進まない。あと少しなのに、緩められる。私は息を吐いて、言葉を探した。

「……指、入れて」

「どっちですか。指ですか。先に言ったほうですか」

顔が熱い。客の余裕を、自分で剥がしている。「中。奥まで。挿れて」

瀬川は指を二本、ゆっくり入れた。中が、音を立てずにひらく。蜜が指に絡む感触を、彼は隠さず掌で受けた。一度目は、この感触に目を閉じた。二度目は、開けたまま、自分の濡れを知る。指が長い。届く場所が、記憶どおりで、記憶より深い。「とろけてます。まだ、本体は早い」腰が勝手に動いて、奥を求める。彼はそれを読んで、浅いところで止める。余白を、また作る。私の喘ぎが、部屋の照明の下で大きすぎる。喉を閉じると、閉じた分だけ腰が前へ出た。

「待って。いま、止めないで」私は前腕に爪を立てた。「欲しい。動かして」

「いい声です。もっと、ちゃんと言って」瀬川の口が耳に近い。「イきたいなら、イきたいと。注文は、欄じゃ足りない」

「イかせて。奥、擦って——」言葉が直接になって、恥ずかしさより先に熱が出た。彼の指が深く入って、すぐ抜ける。空洞が一瞬だけ開いて、私はそれを嫌だと口に出した。「空かないで。挿れて」

本体が、濡れを滑って、ゆっくり挿れる。中が熱でひらく。途中で止まられて、私は喉の奥から声を出した。浅い位置で、脈だけが内側に当たる。動かない。動かないことが、いちばんの焦らしだった。

「まだです。もう少し、我慢できますか」

できない、とは言わない。言えば終わりそうで、終わりを自分で欲しがっている。腰が勝手に前へ出る。瀬川は掌で腰骨を押さえて、浅い位置に留めた。蜜の音だけが、静かな部屋に落ちる。私の声が、その音に重なる。濡れが太腿を伝って、シーツの一箇所を暗くした。

「近いですね。いま動いたら、イきますよ」瀬川の親指が、結合の際をなぞる。「まだ、あげない。欲しいなら、もう一度」

近い、が、正確だった。私はシーツを握り直して、腰を動かそうとして止められる。余白が、また開く。開いたまま、中だけが熱い。「お願い。中、動かして。イかせて」声が、自分の耳に直接すぎた。それでも、閉じなかった。

「入れて。全部。中、埋めて——お願い、奥」

瀬川の呼吸が、そこで一度だけ乱れた。吸う音が、いつもの丁寧さから外れた。短い。すぐに戻る。でも私は聴いた。プロの仮面が、一拍、落ちた音だった。指先の力が、一瞬だけ私の腰に食い込む。丁寧さが、欲に引っ張られた。

「……すまない。今の、少し」彼は言いかけて、喉をひとつ鳴らした。「欲しくて書いてきた人の声は、想像より直撃する。仕事の顔を、今だけ忘れた」

それが、仕事の外から出た声だった。私はそれを受け取って、脚の力を抜いた。彼のものが、奥まで入る。熱が内側をとろけさせて、腰が勝手に深さを取りにいく。瀬川は一度、奥まで置いて、また動きを止めた。焦らしの最後。私はシーツを握り、求める側の顔のまま、声を出した。

「イく。いま、イかせて。動かして、お願い」

動いた。深く。私の声が途切れ途切れになる。鎖骨の下が、熱く赤い。彼の視線がそこへ落ちて、「赤い」とだけ言った。煽りは静かだった。「ここでイって。声、途切れてもいい。中、全部もらって」

制御が、先に死ぬ。奥を擦られた熱が、一度に上がる。来る、が、来る。逃げる場所がない。私は息を吸ったまま止まり、出かかった声が喉の途中で折れた。口だけが開いて、音にならない。鎖骨の下が、拍動のように赤い。瀬川は動きを止めず、その赤みを見ていた。プロに戻る前の目だった。

中で熱が跳ねて、声はついに出ない。肩の力が抜けて、天井だけが白い。彼の指が鎖骨の下を撫で、熱を確かめる。私は返す息を、遅れて取り戻した。余裕は、客の顔ごと落ちていた。シーツを握った手が、ようやく開く。足の指は開いたまま、まだ熱を吐いていた。

瀬川の呼吸は、もう仕事の速さに戻っていた。低く、落ち着いている。乱れた一拍の残響だけが、耳の奥に残る。私はそれに、答えなかった。答えられる余白が、まだ戻っていなかった。鎖骨の下を、彼がもう一度、指の背でなぞる。赤い、と口には出さない。色が、二度目の私を残していた。

慣れる夜

シャワーのあと、鏡の鎖骨はまだ淡い赤だった。服を着ても、余白は埋まらない。むしろ、埋めたことで、次の欄が開く。更衣室の椅子に座って、予約確認の画面を一度だけ見る。指名、瀬川。三十三歳。私は三十七歳。数字は、昼間と同じなのに、中身の寸法が変わっている。

前室を出るとき、瀬川は普通の礼を言った。プロの声だ。あの乱れた吸気は、部屋の中に置いてきたことになっている。私は会釈を返して、廊下を歩いた。二度目なのに、足先がまだ自分のものではない。駅までの夜風が冷たい。慣れたつもりで部屋に入り、注文を口にし、崩れた。

電車の窓に、夜の街が流れる。座席に腿を揃えても、中の余韻は消えない。一度目の帰り道は、短かった。二度目は、長い。自分が何を口にしたか、何を求めたかが、窓の反射の奥で繰り返される。改札の前で、それがわかった。一度目は、委ねるしかなかった。二度目は、求める側に回った私が、自分の欲しがり方を知ってしまった。知ってしまうと、次の白い枠が、もう空のままではいられない。改札の光が点滅する。私は定期を出して、改札を抜けた。

帰宅したら、夫はまだ帰っていない曜日だった。暗い玄関で靴を脱いでも、鎖骨の下の赤みは残っている。鏡は見ない。見なくても、体が覚えている。湯を出して顔を洗っても、中の熱は下がらない。二度目の指名は、一度目より怖かった。崩れたあとで、自分から求めたことが、はっきり残っているからだった。

鞄の中のメールを、私は消さない。三度目の欄が、指の腹で熱い。次は何を書く。書く前に、体が先に答えている。怖いのは、瀬川ではない。慣れていく自分のほうだ。委ねた私が、求める側になった夜は、ここで終わらない。次の余白が、すでに脚の内側で開いている。

ホテルの部屋でバスローブを着て目を閉じる女性と、その肩に手を置いて見下ろす白いシャツの男性。女性用風俗の二度目の指名の話

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この記事を書いた人

北村沙織のアバター 北村沙織 ライター(官能小説・性のコラム)

2017年から「きもイク」で書いている。担当は女性向けの官能小説と、性にまつわる素朴な疑問を扱うコラム。

最初に書いたのは、男の見方についてだった。セックスが上手い男には何が共通しているのか、なぜ足や尻に惹かれるのか。やがて関心は声へ移り、喘ぎ声をめぐる記事を20本以上書いた。大きい声は感じている証拠なのか、無言でイくのはおかしいことなのか、喘ぎ声に方言はあるのか。読者が口に出しにくい疑問を、そのまま見出しにしてきた。

2019年からは官能小説に軸足を置いている。『もしも許されるのなら』全4話、『女性用風俗の極上の悦びに堕ちていく人妻』全7話をはじめ、連載を複数。読み終えたあとに、自分の身体のことを少し考えたくなる話を書く。

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