壁のない先に見たもの
壁のない先に見たもの
焦燥のセックス
「…あれ、ない」
余分な肉がない裸体を晒したまま、おかしいとばかりに呟くのは衣吹の恋人である俊。
彼と同じ姿の衣吹の上で避妊具の箱をひっくり返してみるが、何も落ちて来なかった。
同棲初日のセックスで、衣吹の中に俊が精を出して彼女を怒らせた日以来、補充していたそれ。
シャワーを浴びてキスしてお互い心身を昂らせて、本番って時にこの始末。
故意に招いた事態に、衣吹は困惑の表情を浮かべる彼の様子を窺う。
暫しの沈黙の後、先にそれを破ったのは俊だった。
「…今日は止めよう」
(ここまで準備したのに何でそんな事言うの?)
彼女が内心で焦燥に駆られる間も、俊はもうこれ以上行為を進める気はないようで、ベッド周辺に散らばる衣類を掻き集める。
「イヤだ!」
衣吹はベッドに預けていた体を起こすと、ベッドサイドに脚を投げ出して座る彼の上に股がった。
「衣吹…!」
焦りの声を上げる俊を余所目に、彼女は未だ前戯の余韻を残す精気の塊を熱く潤う結合部に宛がおうとする。
「ゴム無しは嫌って前に怒ったじゃん」
「本当はゴム無しがいいんでしょ」
「衣吹は嫌でしょ」
「いいじゃん、私がいいって言ってるんだから」
1度決めたら聞かない衣吹の性格を知っている俊は、内心で溜め息を着きながらも、折れて彼女に付き合う事にした。
彼の亀頭部が衣吹の湿った肉に覆われる。
「あぁっ、」
避妊具の壁なしの俊の熱と硬さは、濡れた肉口を押し拡げて鈍くも引き裂くような痛みを与えるが、それ以上にゾクッとした甘い痺れが、彼女の全身を駆け巡った。
(衣吹の中、すごい熱い)
気付いたら陰茎にまで及ぶ湿りとやり過ごせない圧迫感に、俊は逸る気持ちを抑えられなかった。理性と本能が、彼の中で激突し合う。
そんな葛藤を知る由もない彼女は、俊の全てを中に収めると、後ろに手を着いて下肢を動かし始めた。
「あうぅっ、」
「っ、」
(ダメだ、我慢だ)
俊は心中でそう自らを戒めながら全神経を集中させて、馴染むようにピタッと貼り付かれる感触に堪える。
しかし、そんな態度が気に入らない衣吹は、上下に腰を動かすだけの単調な律動で、躍起になって彼の精を全て搾り取ろうとする。
すると、彼女が望んだ瞬間は突如として訪れた。
口を塞ぐ栓のようにぎっちり埋め込まれた俊の昂りが、限界と伝えるようにまた質量を増した。
「ちょっ、離れて。出そうっ、」
集中力が途切れそうで声を出すのもやっとな彼の懇願も虚しく、衣吹は広くて厚い胸板に上半身を密着させた。
いつもだったら嬉しい彼女のその仕草は、今の俊にとっては拷問だった。
「…あっ、」
少し上ずった彼の間の抜けた声がお互いの鼓膜を震動させたと同時に、衣吹は中に熱い液体が流し込まれるのを感じていた。
「あー…出ちゃった」
彼女への謝罪の言葉も責める言葉も口にするのも躊躇した俊が、思わず口にしたのはそんな言葉。
トーンが定まらない飄々とした声色は、彼の複雑な感情を表しているようにも聞こえる。
そんな俊に対して、射精させるという目的を果たして正常な考えが戻った衣吹は、上昇させていた体温を急降下させた。紅潮していた頬や体がみるみる蒼白する。
「…とりあえず、シャワー浴びに行こう」
吐き出した精を溢さないよう、俊は硬さを無くした昂りを解放しないまま、彼女を抱き上げて寝室を後にした。
引き出された本心と欲情
「…ゴメンなさい」
狭い浴槽の中、俊に後ろから腕を回されながら衣吹は気不味そうに謝罪した。鈴の音のような消え入りそうな声だったが、浴室の内の跳ね返りが声量を上げていた。
「でも、止めるって言われたのが、何かすごく寂しくて…」
滅多に見られない、叱られている子供のような潮らしく小さな背中に、愛しさや悪戯心が彼の中に芽生える。
込み上げるそれらに、自然と俊の口角が弧を描く。
「許して欲しい?」
芽生えた感情を悟られないよう、平静を装った抑揚のない低い声で目の前の背中に問いかけた。すると、衣吹は黙ったまま首を縦に振った。
「じゃあ、脚開いてこっち向いて立って」
先程の声色のまま放たれた俊の言葉に彼女は困惑したが、許されたい一心で言う通りにする。
括れた腰のライン、トップだけ濃く色付く碗を返したような形の2つの膨らみ。惜しみ無く晒された艶かしい肢体を前に、意地悪心に加え鎮まった欲情が再燃する。
俊は湯船に浸かったまま衣吹に近付くと、彼女の黒い茂みに覆われている陰部に向かって腕を伸ばした。
「さっき、自分でやったから大丈夫だよ」
彼の行動の真意が解ってしまった衣吹は、やんわりと遠回しに拒否した。そんな彼女の顔は赤らんでいて、羞恥すら窺えた。
「そう。じゃあ、全部出せたか確かめてあげる、オレの精液」
「いい、そんなのしなくて」
「オレは衣吹に付き合ったのに、衣吹は付き合ってくれないんだ」
不公平だね。拗ねた子供みたいに、俊は最後にそう付け加えた。
「…わかった」
後付けの言葉に図星を突かれた気持ちになった衣吹は、仕方なく彼に従った。そんな彼女の様子に満悦になった俊は、ふっくらした肉唇の間を指先で掻き分け、その先の小さな窪みに触れた。
「はぁっ、」
寄り道せず核心部に触れられ、衣吹は熱い呼気を漏らしながら脚を震わせた。
吐き出した物は洗い流されて独特の滑りは無かったが、そこはまだ柔らかさを持っており、物足りなそうにヒクリと収縮までする始末だった。彼は撫でていただけの指先をゆっくり侵入させていく。
「あぁっ、」
挿入の余韻を残して火照る衣吹の内側は敏感で、俊の指先の形や感触を鋭く受け取る。マイクを当てられたように室内で反響する、甘ったるい声が恥ずかしくて、彼女は手で口を覆った。
羞恥の表情を浮かべる衣吹を見上げたまま、俊は難なく侵入させた指を回転させた。締め付けられる窮屈さを感じながらも、ぐるぐると円を描いて滑りの良い肉壁を隈無く擦る。
「んっ、んっ、…んんっ、」
俊の指先が生み出す熱く恍惚とした感覚に彼女は、足の爪先を内側に向けて湯船を小さく波立たせながら、上半身を支えて何とか姿勢を保つ。
「すごいヌルヌル、全然流せてないじゃん」
指の旋回を止めると、彼は少しだけ指先を曲げて上下に擦り、掻き出すような動きを繰り返した。気紛れで抽送の速度を変えるのも忘れない。
「んんっ…!」
でたらめに見えてそうでない刺激の変化は再び、衣吹に女の悦びを呼び起こした。その瞬間を自覚した彼女の体は、もう自制心を失くしたも同然だった。
俊の指が肉壁を掠めると、その裏にある分泌腺が決壊したかの如く、トロリトロリと内液の量が増して更に滑りを良くした。
浴室に反響する卑猥な水音、彼女の下肢の不規則な動きで大きくなる湯船の波紋。
衣吹が悦楽を欲して悶える様は、彼女の欲情や羞恥だけではなく、俊の劣情すらも擽り鎮めた欲求を甦らせた。入浴直後は萎えてしんなりしていた欲の塊が、湯船の中で既に精気を取り戻していた。
お互い治まりつかない状況に置かれた中、そこからの打開を先に図った俊は、入れていた指をずるっと抜いた。見るとそれは、衣吹の欲でべっとりと汚れていた。
「もう残ってないね。のぼせるから出ようか」
目を見開いて拍子抜けな表情をしているであろう彼女に言うと、俊は下ろしていた腰を上げて湯船から出ようとする。
「…続きして、今すぐ」
彼が片方の足を床に着けると、衣吹が独り言のような声で呟いた。出入り口から声が聞こえた方に顔を向けると、目を潤ませて泣き出しそうな彼女の顔が俊の視界を占める。
欲情の末の幸福
「…ゴム無いから、汚れるかもしれないよ」
俊の策略に乗せられたとも知らず、衣吹は躊躇なく胸の内を晒した。
「知らなかった。直接入れられて、中に出されるのが、あんなに気持ちいいだなんて…でも、その相手は俊だからなんだね」
思惑以上の言葉が獲られて、彼は思わず頬を緩ませた。
「嬉しいよ、その言葉が聞けて」
俊は、再び浴槽に足を入れて腰を下ろして湯船に浸かると、衣吹に向かって腕を伸ばした。
「おいで」
彼の腕と言葉に招かれれば、彼女に拒否するという選択はなかった。衣吹も湯船に体を浸からせると、そのまま俊の胸に飛び込んで全身を密着させた。体勢が整うと、すっかり精気を取り戻した昂りを、トロトロの窪みから奥深くへ侵入させていく。
「あぁぁんっ…!」
少量の湯と同時に入ってくる俊の欲塊は、衣吹の隘路に点在する触覚という触覚を鋭く刺激し、全身に電流のような甘美な痺れを巡らせた。どうしようもないそれに、衣吹は上肢を弓なりに反らす。
すると、俊は眼前に突き出されたバストトップを口に含み、満遍なく舌を這わせて転がしたり強く吸ったりする。
湯船の中では、乳房を扱うように彼女の臀部の肉を鷲掴んで、彼にはない柔らかさを堪能していた。
「衣吹、動いて」
奥まで挿入した昂り全体で感じる、締め付けられるような狭さと茹だるような熱さに悶絶しながら、彼は上目遣いで衣吹に懇願する。
―産婦人科でアフターピル貰えば大丈夫…
俊と1つになった充足感と共に押し寄せる官能。それらの要素は、今だけは避妊という名の縛りから彼女を解放した。
衣吹は前後に腰を動かし、俊の鈴口や亀頭部を肉壁に擦り付ける。波立つ水面越しに見える彼女の腰遣いは何とも淫靡で、彼の視覚を興奮させた。その興奮は、そのまま欲望に忠実な場所へ伝えられる。
「ああんっ! 」
不意に膨張した陰茎が肉壁にぴったり密着し、衣吹に新たな悦楽を与えた。
「最初から、怒ってないよ、強引に出させたこと」
高みが近い事を悟った俊は、動かされながらも衣吹の最奥を抉るように突き上げた。彼は湯船から両手を出すと衣吹の頬を数センチの位置まで引き寄せた。
「子供できたらさ、」
“結婚しよう”
熱っぽいが真剣味を帯びた声で静かに言うと、俊は数センチの隙間を埋めて、衣吹の呼吸を自身の唇で奪った。
温かくトロリとした液体が彼女の体内に流れ込む。
“ありがとう”
口に出して言えない代わりに、衣吹は頬に涙を幾筋も伝わせた。
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